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【19】趣味に生きろ、そして趣味に溺れるな

人にとって、「趣味」とは最高の恋人である。
自分が独身でも、いくつになっても、趣味さえあればいつでも寂しさを紛らわせてくれる。
しかし、趣味は時に人を盲目にする。没頭しすぎると周りが見えなくなり、視野の狭い人間になってしまう。では、趣味とはこれからどう付き合っていくべきなのか。

 

趣味は「自分の性分に合って、長続きが出来そうなもの」が一番いい。さしずめ狭く深いレベルの趣味と言ったところか。そしてそういった趣味は最低3つはあった方がいいように思う。

趣味は自分の個性を磨いてくれる。川に流れる石と一緒で、水の流れの適度な強さによって磨かれていく。
趣味の勢いが弱ければ不格好な石になり、逆に趣味の量が多すぎれば削られすぎて小さい石になってしまう。適度な流れの強さが個性も強くするのだ。
さて本題に戻るが、そうした3つの趣味とどう向き合えばいいか。答えは簡単だ。一つ一つと無計画に付き合うのではなく、時と場合に応じてローテーションを組めばいいのだ。

例えばわたしは趣味を3つ言えと言われたら「イラスト活動」「アニメ観賞」「野球観戦」と言うであろう。
まずここで考えて欲しい。会社の人や女性との会話で「アニメ観賞」とはほぼ間違いなく言えない。また、「イラスト活動」と言っても語るものでなく見せるものなのであまり話が広がりにくい。そもそも二次元キャラばっか描いてるし。
そうなれば必然的に話題に出せるのは「野球観戦」のみだ。つまり、野球観戦は「外面の趣味」として役に立つ。

次に友人と話す時。あまり野球やお絵描きに関心を示す友人がいないというのもあるが、この瞬間メインの趣味が「アニメ観賞」に切り替わる。とりわけ友人同士だとディープな話に持っていけるのでこの場合にはうってつけだ。つまり、アニメ観賞は自分にとっての「内面の趣味」と言える。

そして最後に重要なのが専門性が問われる趣味、つまり「話す・見る趣味」ではなく「やる趣味」だ。この場合は「イラスト活動」がそれに当たる。
このタイプの趣味は「やって」と言われたらできるレベルに達していると俄然素晴らしい。自慢にもなれば強い個性にもなる。
しかも上手くいけばその分野のプロとお話できたりするので、「専門的な趣味」は必ず一つは持っておくべきだろう。

以上が、趣味との付き合い方、ローテーションの極意だ。外面・内面・専門と言ったが、もしかすれば他にも色々あるかもしれない。しかし、3つの深い趣味を持って人は絶対的な個性を得られると断言はできる。
レベルを維持できるのであれば勿論4つになっても5つになってもよい。現にわたしもそうし始めている。→うんちく集めブログ活動
しかし欲張りすぎるあまり元々の恋人から嫌われないことだ。自分のペースに合わせてやっていれば恋人もおのずと後を付いてくる。
芸は身を助くって言うじゃない。ま、つまりはそういうことですわ。以上でわたしの講義を終わります(大学教授)

 

~今日のうんちく~
神父と牧師の違い。神父はカトリック東方正教会の聖職者であることに対し、牧師はプロテスタントの聖職者である。
神父はカトリックによる厳格な序列社会があるが、元々「羊飼い」を意味する牧師社会には序列が存在しない。
また神父は一般的なカトリック教徒より高い位に位置しており、上位の神父は結婚が認められていない。
対して牧師は教会の仕事をやる以外は他の教徒と変わらず、結婚も認められている。